どうして自分のキャラ、行動、思考は固定化されるのか?

      2017/08/07

どうして人って人格、志向、思考、習慣、挙動などは、自分も含めて、その人なりのパターンでがっちり固定されまくるのでしょうか。

ある人と会話したとして、その時の相手のリアクション、考え方、言動はたぶん来週またその人とあった時もだいたい似たようなパターンで、それに対して自分が感じる印象も自分のリアクションも毎回だいたい同じです。多少の気分や状況の違いで誤差はあっても、だいたい似たようなもんです。

愛想よしか無愛想か、
ええ格好しいか実直か、
だらしないか几帳面か、
世話好きか冷たいか、
自己中か気配りできるか、
嫌みっぽいか素直か、
威圧的か弱気か、
段取りがよいか面倒をあとまわしにするか、
約束を守るかすぐ忘れるか、
自分の名誉をどれだけ優先するか、
身近な話題が好きか世界情勢が好きか、
風呂に毎日入るか、
毎日酒を呑むか、
説教臭いか、
相談上手か、
口数、
金銭感覚、
食わず嫌い、
メカ音痴的な思い込み、
好ましいと思うことや嫌悪する対象、
喋るスピードから文章の癖、
人に説明するときに気分を話すか事実を話すかさらに考えまで話すか、
変化を好むか嫌うか、
リスクを取るか避けるか、
口だけか行動が先か、
くどいか説明不足か、
声のでかさやFACEBOOKであなたが語りたがる話題に至るまで、
大体、その人は今も去年も来年も大体同じですよね。

違ったって別に良いのに。なぜそんなに自分のパターンを、ルーティーンを、キャラを、思考を守りたいのか。

確かに数年ぶりに逢って、人生経験を経て、こいつ変わったなと思うようなことはホントにたまーにあります。でもだいたいの人はさほど変わらないというか自分のパターンを日々律儀に守ってる。2パターン持ってる人とかいないのかな?セミナーとか読書とかして数日感化されてもしばらくしたら元のあなたに戻ってしまうほどあなたのパターンは強固です。

自分が変わらないんだから、自分に降りかかることも出来ることもさほど変わらないわけで。いっそ旅行とか行くより自分の思考や言動、志向をあえてがらっと変えてみた方が世界が変わって見えるのでは。

ということで、今日明日、グータラで運動不足でマンガやスマホ好きで、ハードな音楽好きで1人行動好きで娘に甘い私は、テキパキ運動し、人と行動し、スマホを見ないで、娘に厳しく、癒し系の音楽を聞いた上で、自分らしくない志向、言動に挑戦してみます。案外難しそう。

栗原
北海道・札幌の編集者・ライター栗原です。紙やwebなど様々な媒体で取材・撮影・記事を制作しています。栗原のプロフィール facebook  twitter  mail  札幌良い住宅jp

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