なぜ私たちは儲からないのか

   

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普段それを気にしている人もいないひとも、実はなかなか無関係に生きてはいけないのが・・・

農産物や建材の価格、介護職やコンビニのバイト、タクシーの運賃、ウェブライターの報酬に至るまで、どうしてこんなにも成果物の報酬が、生かさず殺さずのギリギリのラインで相場というのか、報酬が下よりに決まってしまうのかということは、

結局は、現状の需要の量がまずあって、そしてこの手の商品のお値段って、だいたいこれくらいだよね、自分だけ高い値段では買いたくないねっていう買い手側の結構濃い認識というか相場感があって、そこに商品を買って貰いたい人が、価格訴求して、他の供給者より下の値段でも喜んでお納めします的な感じで参入しはじめたり、大量購入するから安くしろとかの言い方が通用しちゃうような関係性を買う側が作ったりとか、単純労働であんたのかわりはいくらでもいるんだぞ的な考えとか、そもそも売値が値引き合戦になったり、あるいは頼まれてもいないのに自分の仕事の評価がすごく低くて自分から安値呈示したり、趣味だからと利益ゼロにしたりすると、もう値段がずるずる崩れて、その相場というかその仕事にしがみついていたら、ギリギリな生活も危うくなってしまうので、

生き残りたい人は、そこの競争、そこのルールから離れられるように商品の付加価値を考えたり、何かのサービスと組み合わせて売ったり、裏で価格を同業者と決めたり、価格競争の少ないところに売りにいったり、自分よりさらに下請けのひとたちを叩いたり、商品の品質を省いたり、機械化したり、などいろいろあがいて、でも結局、黙々と働いているだけでは生かさず殺さずのお値段をさまようことになってしまうという。

そこに頑張って止まる、食らいつく努力をするのか、そこから離脱するような方向で試行錯誤するのか、どっちがいいのか、みたいな悩みはどの業界にも、個人にもかなりあって、いつか物やサービスの値段の切ない決まり方を真剣に取材してみたい気がしています。

市場が生まれて、適正相場が見えて、参入者が増えて、まともな価格競争や、おかしな価格競争の果てに相場が崩れて、離脱する人が出たり、逆に需要が増えたりして、結局どうなった、みたいなそんな一連の歴史を・・・一人一人は懸命に働いていたんだけど、実は売ったり買ったりの集団の中で右往左往していたともいえるという感じか。
isogashii_woman
へんなこと言うようだけど、

認知症の家族が行方不明になって、北海道の冬で、夜になっても帰ってこない。という局面で、その人を見つけて、家に連れてきてくれた場合、その人は報酬を受け取らなくても、そのことへの対価って実はものすごい額を払っても釣り合うと思います。数日間、誰とも会話せずひきこもっていたおじいちゃんに、近所の誰かが声をかけて、そのおじいちゃんが嬉しくなった場合、そのお値段は実はかなり凄いものがあるんじゃないかと。

で、そういう人のお役に立つことを地域のボランティアでやっている人もいるわけだけど、そういう人は、無報酬でもいいと思っているとはいえその人が日頃から考え、苦労して行動していることの成果かもしれないと考えるなら、その人の活動を続けて貰えるように寄付でも何でもいいから、恩恵を受けた、今後受けるかもしれない人たちは、そのことに気づいて払うものは払うべきだと思う・・・。

ある意味脱線しましたが・・・。人は払わないときはなんとしても払わないけど、逆に変に財布のひもが緩いときもあって、案外いい加減じゃないかと思ったりもします。

やっぱりものやサービスの値段っていうのは、世間の変な固定観念に操られている面は大きいと思う。集団の叡智かもしれないけど。ある意味で全員が共犯者みたいなものだと思う

お金のこと、あんまり気にせず暮らせるのが一番幸せだと思いますが、真面目にちゃんとやってるのにお金が無い人も結構いるし、なんなら社会に迷惑かけながら稼いでいる人もいるので、そこ、社会全体で何とか出来ないのかとは思います

ps 念のため言っておきますが、この投稿は特定の誰かにむけた投稿ではありません。私が指し値で困って怒りで書いているわけでも、誰かを糾弾しているわけでもありません。「この投稿、私のこと?」とか思わないでください。

PS2 上記の投稿をFACEBOOKにしたらいろんな意見いただきました。

真面目にやればやるほど儲からないのは自然の摂理です
栗原さんと飲みに行って語り合ってみたい。まじで。
儲けるという字は人に言う者です 額に汗しないで人を使わなければ儲けにはなりません。私は命ずるより額に汗する方が好きです。
真面目にやると自然の摂理で、儲からなない連鎖に入ります。もうけるには、それなりのギリギリの路線が存在します。もうけるは、その儲けのスパイラルに入り込むか否かだけだとおもいます。遣り甲斐を求める人は、儲けのスパイラルに入りにくい方も多いともいます。遣り甲斐、生きがい、探究心と+儲けのスパイラルに入る事を同時にやりたいと思いますが、遣り甲斐の方向が強いと儲けのスパイラルは遠のく傾向があるようにかんじます。 
1次生産者と消費者が直接結びついていないから、苦労が見えてこない現実があります。今取り組んでいるのは、煩雑な流通をさけ、1次生産者と消費者が結び付いて応援や支援をしたがるような仕組みづくり。そのためにも「恋ダンス」を含め様々な仕掛けづくりをしています。
あと、日本の農業人口200万人を切って、従事者の平均年齢が67歳です。13年もしたら、平均年齢が80歳農業人口が100万人以下にになってもおかしくない。そんなときに野菜や米の値段が上がるか、もしくは、TPPを促進し、外国から野菜を購入しなければならない世の中が見えてくるのでしょうね。
農業1年で1回勝負。あと13しか失敗やチャレンジ出来ない厳しい世界です。儲けはないけど、死にはしないで暮らせて行けるライフスタイルを目指していきます。
私は、雇用者時代はお客様からお金を頂いてもそれを会社の金庫にしまって、会社から給料を貰っていた為か、儲ける為の工夫はお客様に対する工夫よりも上司に評価される工夫や、安い時給でバイトさんに仕事をさせるかという工夫をしなければならなかった気がします。
しかし今の1人での仕事は、お客様から頂いたお金がそのまま自分の収入になっており、儲ける為の工夫について価格設定もサービスも、お客様の方を向いて行う様になった気がします。

salaryman_money
やはり、みなさんそれぞれ、仕事の中で、稼ぐことの勘所のようなものを考えて行動されているというのを感じました。

さて私は、そういう勘所を分かっているのか。
「真面目にやればやるほど儲からないのは自然の摂理」
うーん。うーん。
真面目にやって十分お客様に評価され一定額いただく状況は良く分かります。
会社員として上司に評価されて、あるいは利益を出して自分のお給料をもらう状況も良く分かります。
そのあとの真面目にやるなかで儲からなくなる状況もわかります。
私は何でも1馬力でやろうとするから儲けられないんだなと、自分を反省していたところなんですが、
それは実際のところ、自分も額に汗したいタイプだからでもあります。でも多少儲けないとなとも思うので・・・

儲けのスパイラルに入り混むという、そこの経験が私はなくて・・・正月休みにしっかり考えたいです。

栗原
北海道・札幌の編集者・ライター栗原です。紙やwebなど様々な媒体で取材・撮影・記事を制作しています。栗原のプロフィール facebook  twitter  mail  札幌良い住宅jp

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