札幌近郊、余市町の観光農園ブルーベリーの丘くりはらの魅力

      2016/11/05

札幌市内にも南の方には観光果樹園があります。
しかし何と言っても札幌近郊の果樹園地帯といえば余市町と仁木町ですね皆さん。
見渡す限り果樹園です。温暖な気候のお陰です。

そんな中でも最もオススメなのが、余市町にあるブルーベリーの丘くりはらです。
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園主の栗原光朗氏は、もともと電電公社で働いていた土木の技能者でした。
ところが民営化によりNTTになり、いろいろあって50代半ばで早期退職。
そのまま飛び込んだのがブルーベリー栽培でした。

平成5年に北海道余市町で、サラリーマンを中退して始めたブルーベリーの果物狩り観光農園です。
中山間地の里山を大切にしながら、農薬を使わず、気持ちの良い観光果樹園を目指しています。

なぜそんなに農園主のことに詳しいかというと、俺の父ちゃんだからですW
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なぜ中山間地で農業をやろうとしたかというと、中山間地の多様な自然が地球環境に大いに貢献しているからです。
また、ブルーベリーは小果樹で、3歳くらいからでも摘み取り体験ができます。またその場で即食べられるので、収穫して食べる!というわかりやすさが子どもに強い印象を与えるようです。
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また、ブルーベリーを栽培品目に選んだのは、野生に近い果樹であり、その分だけ農薬、肥料に依存しなくても栽培できるからです。
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事実、平成5年からブルーベリーの栽培を開始して、今に至るまで農薬のたぐいは一切必要としませんでした。
まあ多少カメムシとか、ヒヨドリとかに食害されることはあります。ですけどその程度です。これが
リンゴとかモモとかだと、無農薬は容易ではありません。あんなにたわわに実る果樹。虫だってほっとかないでしょ。
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ブルーベリーを摘み取って食べて、持ち帰って、食べきれない分はジャムにしたり、冷凍して、ヨーグルトとまぜてミキサーかけたらブルーベリーヨーグルトにもなります。私の家の冷凍庫にはブルーベリーが満杯で、ちょっとすっきりしたいときはすぐブルーベリーヨーグルトを作って飲んでいます。気分爽快になりますよ!

★料金 入場料大人500円、子供300円。お持ち帰り1パック250グラム600円です。

札幌からですと、国道5号線を小樽から余市へ向かいます。Jr函館本線の蘭島駅を超え、5キロくらいいくとまだまだ余市の市街地には入らないあたりに右手に鶴亀温泉があり、そこを少し超えたあたりで左折すると道道735号線。踏切を越えるとあとはまっすぐ3キロくらいで登中央橋という小さい橋があるので橋を越えずに左折してすこし進むと「ブルーベリーの丘くりはら」に到着です。海水浴シーズンなら渋滞もあるのでフルーツ街道をご存じならそっちも良いと思います。

電話予約が必要ですので、携帯090-1644-5041です。
NPO法人余市教育福祉村内 栗原光朗

専用サイトはこちらです。
blueberry20140721-5すぐ近くに海もあるので、例えば札幌在住の方なら、札幌→ブルーベリー摘み取り→園内の栗の木の下におにぎり持参でランチ→蘭島とかで海水浴→小樽で夕食→帰宅なんていう日帰りコースはイイと思います!

農園主の取組を北海道新聞が紹介してくれました。
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<おばんでした 暮らしのレシピ>かがやく*栗原光朗さん(72)

*「武農一如」を実践する*合気道の教え 大地に注ぎ
2015/07/17 北海道新聞夕刊全道

JR余市駅から車で10分。通称「フルーツ街道」から少し山側に入ったところに観光農園「ブルーベリーの丘 くりはら」がある。斜面の畑に低木が規則正しく並び、畑を上っていくと余市湾が一望できる。
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6月中旬、栗原さんは1人で枝のせん定をしていた。背筋を伸ばした端正な姿が印象的だ。「どうしてブルーベリーかというと無農薬栽培が可能だから。もし農薬を使うのならやらなかった」と話す。

栗原さんのもう一つの顔が合気道道場主宰。主に札幌の体育館などで指導し、後志管内余市町では北星学園余市高校の非常勤講師として合気道を教えている。また、毎年夏にはブルーベリーの摘み取りを兼ねた合宿を行い、各地から数十人が参加する。

「体が弱かったので始めたんです。合気道という言葉は知られていたが、合気会なんてだれも知らない時代でした」

札幌では1964年ごろに東京の合気会(現公益財団法人)傘下としての活動が始まったとされ、66年に加わった栗原さんは現在では最古参だ。

合気道開祖、植芝盛平(うえしばもりへい)ゆかりの地、オホーツク管内遠軽町白滝に通い続ける。これまで約50年で100回は超えた。盛平は29歳のとき和歌山県から開拓団を率いて白滝に入植、その活躍ぶりから「白滝王」と呼ばれるほどだった。その後京都府や茨城県で農業を営みながら合気道を確立、普及に努めた。その姿は「武農一如」という言葉で伝わっている。

「野良仕事をしていると天と地のエネルギーが体に染み込んでくる。天と地の間にあるのは自分と農産物。武道というのはどうしても破壊的でしょ。それに対して盛平は、生命を大切にする真の武道を説いた」と語り、盛平の教え「武産(たけむす)合気」を実践する。

若いころ合気会本部道場に行く途中で初対面の盛平とすれ違い、声をかけられた。「舞い上がってしまい、返事をしたかも覚えていない」。のちに盛平から初段位を受け、それが農と武を極めようとする原点になっているという。

文・門脇啓二(かどわき・けいじ フリーライター)
写真・北山勝章(きたやま・かつあき フリーカメラマン)

くりはら・みつろう 1943年(昭和18年)、旭川市生まれ。62年に旭川工業高校を卒業し電電公社(現NTT)入社。55歳で退社し、「ブルーベリーの丘 くりはら」(余市町登町636、(電)090・1644・5041)を開園。合気道は23歳から始め、自宅がある札幌で北の武産道場を主宰しているが、夏場のほとんどは農園で寝泊まりしている。

栗原
北海道・札幌の編集者・ライター栗原です。紙やwebなど様々な媒体で取材・撮影・記事を制作しています。栗原のプロフィール facebook  twitter  mail  札幌良い住宅jp

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